2012年11月08日
2012年11月08日
欠陥憲法 新しい国づくりへ

GHQ

占領憲法
現代社会に合う訳がない
既に
前文からして破綻している
憲法は
創新すべし
じゃあな

産経新聞80周年 国民の憲法起草へ
【欠陥憲法 新しい国づくりへ】
(上)行き詰まった理想 「公船」に放水もできず
【産経新聞 2012.11.3】

沖縄県・尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入し、放水する台湾の巡視船(上から4隻目)と漁船に放水する海上保安庁の巡視船(上から3隻目)=9月25日午前
9月25日。沖縄県の尖閣諸島の魚釣島周辺の海域では、領海に侵入した台湾の漁船約40隻と海上保安庁の巡視船の“攻防”が続いていた。「生活のために漁業権を守る」…横断幕を掲げた漁船につき、進路をふさぐように海上保安庁が放水銃で退去を促す。そんななか、「平和」が続いてきた日本を象徴する、ある出来事が起きた。
台湾の巡視船が猛スピードで割って入ってきたのだ。巡視船は海保に向けて放水を続けた。一方、海保の巡視船は、漁船に浴びせていた放水銃を下に向け、放水を弱めてしまった。台湾の巡視船に水が及ばないようにするためだった。
国際法では領海内に侵入した無害通航でない外国船の排除は可能だが、日本の国内法にはそうした規定がない。日本政府は「放水などの実力行使は漁船には認められても、公船には認められない」として、退去要請以外には公船への対処策はないという立場を取っているのだ。
海保はそれを厳格に守った。が、相手側は必ずしもそうではない。むしろ、日本の出方を逆手に取るかのように公船が大挙押し寄せてくるのだ。
この日、両者のにらみ合いは4時間近くに及んだ。侵入船はようやく領海外に出ていった。海保関係者は「漁民にけがを負わせるようなことはできないが、島への上陸を許すような事態だけは避けたい」。なるべくことを構えず、粘り強く退去を促す方針を強調した。しかし、今でも尖閣では中国の公船などが領海を脅かす。収まるどころか緊張は高まるばかりだ。一触即発の状況で海上警察である“海保任せ”で対応できるのだろうか。
× ×
尖閣だけではない。竹島や北方領土など、わが国の領土領海が脅かされ、主権が揺さぶられ続けている。しかし、私たちはこうした危機を直視し、正面から立ち向かっているだろうか。
憲法、そして私たちに染みついた憲法の価値観が全くの虚構であることはもう誰の目にも明らかとなりつつある。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
憲法の“看板”ともいうべき前文にはこうある。「日本国民は…武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(9条1項)ともある。
だが、周辺国はどこも自国の国益のために狡猾(こうかつ)に振る舞うのが常だ。日本はその公正と信義に信頼して安全と生存を保持しようと決意できる状況では決してない。日本に何の落ち度がなくても一方的に国際紛争に巻き込まれることも起こりうる。憲法の描く“理想”はすでに破綻しているのだ。むしろ「甘い幻想」に浸っているから周辺国につけいる隙を与え、さらなるエスカレートを招いている面も見逃すべきではない。
◇
先送り重ね…弊害あらわに
戦後の日本は有事や危機における軍隊のあり方、周辺国との摩擦などを直視せずに先送りを重ねてきた。尖閣諸島はじめ一連の領土問題は憲法が抱える矛盾や、憲法がもたらす価値観の弊害が一気にあらわとなった格好で、それらは自滅への歩みに手を貸すかのように見える。
尖閣諸島の周辺海域で中国の軍艦が確認されたことを受け、政府は自衛隊の空中警戒管制機(AWACS)を投入。尖閣周辺での警戒監視態勢の強化に乗り出した。
しかし、自衛権が行使できるのは、閣議決定や国会の承認を要する「防衛出動」が命令されてからの話だ。「海上警備行動」「治安出動」と事態が進んでも、それはあくまで警察権の行使でしかない。
AWACSが飛行する根拠となる法令は防衛省設置法4条にある「所掌事務の遂行に必要な調査・研究」。情報収集活動は「調査・研究の材料集め」にすぎない。
もともとAWACSに武器は搭載されない。が、「調査・研究」活動の段階で武器を携行し、不測の事態に備えることは法的に可能なのか。
一応それは可能だが、武器使用は著しく制限されている。それが許されるのは、相手が撃ってきた場合に対処する正当防衛と、武器が奪取・破壊されることを防ぐ「武器等防護」と呼ばれる場合だ。それも「合理的に必要と判断される限度」(自衛隊法95条)にとどまる。
× ×
相手の出方に応じて必要最小限度に活動を抑制しなければならない「警察比例の原則」も見逃せない。
本来、軍事組織と警察組織は実力部隊を擁する点では同じだが、軍事組織は有事のさい敵を鎮圧し完全に制圧する使命を負う。これが軍事組織と警察が決定的に異なるところだ。しかし、警察予備隊が母体となった自衛隊には「警察の論理」が持ち込まれた。独立を守るため外敵を排除する営みが、これと根本的に異なるはずの警察権の行使と同じ文脈で処理される。他国の軍隊ではみられないこともしばしば起こる。
例えば仮に、尖閣に殺傷力の高い武器を持った武装工作員や武装工作船が不法侵入し、警察力で対応できない事態が生じたらどうなるか。
その場合、「治安出動」に基づき、自衛隊が警察を補完する役割を負うことが想定される。だが、法律上は「防衛出動」ではなく警察対応を課せられる。敵の鎮圧や完全制圧ではなく原則逮捕による立件処罰という流れとなるのだ。
「防衛出動」の前段階の平時であっても自衛隊が領域警備などで有効に対処することができないか。法整備が叫ばれるのも、このためだ。
× ×
自衛権発動時にも足かせは残っている。これまでの政府答弁では、自衛権発動には(1)わが国に急迫不正の侵害がある(2)排除に他手段がない(3)必要最小限の実力行使にとどまる-という3つの条件が必要だ。「急迫不正の侵害」とは「わが国への武力攻撃が発生した場合」で、かつ「他国による計画的、組織的な武力攻撃」でなければならないとされてきた。
この政府解釈ができた当時、想定されていたのは、極東ソ連軍による計画的、組織的な攻撃だった。だが、仮に尖閣諸島に武装した海上民兵が侵入、不法占拠した場合、この政府解釈では「どこの国かわからず、計画的、組織的な攻撃とはいえない」として、要件が満たされず、「防衛出動」が命令されないといった事態が起こりうる。
◇
日本国憲法の公布から3日で66年を迎えた。憲法の不備によって安全保障上、数々の問題が生じている現状を、改めて検証する。